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[森の部屋]
幼い菜野子が背伸びして霧のカーテンを開けると、窓の外には白樺並木が続き、小川の流れる向こうには深い森と青い湖がある。
その森には鹿やリスが遊び、青い湖には虹色の鳥が浮かび、菜野子はそれを微笑ましく眺めた。
傍らには母がいて、菜野子に描いたばかりの絵本を渡す。
[妖精のこども]
母は白いドレスを着ていて、妖精のようにキラキラと陽光で輝き、菜野子はその絵本を開いて、好奇心に満ちた顔が窓からの陽射しを浴びて透明になっていく……。
『記憶喪失なんですよ。絵本の中の世界しか覚えてなくて、自分を妖精だと思い込んでいるんです』
菜野子はプリント体験コースを申し込み、暗室の伸ばし機でプリントしたペーパーを現像機に通し、出てきたサンプル用の写真を見て喜んだ。
「うわーい、キレイにできた」
尚樹は理恵とそれを眺めながら、ロビーの椅子に座って、カップコーヒーを飲みながら、さっきの続きを小声で交わす。
「記憶喪失って、何かあったんですか?」
「はい。車の事故で崖から転落。菜野子は奇跡的に無傷だったんですが、頭を打ったらしくて。それにその事故で母親は亡くなりました」
尚樹にそう言われて理恵は両手で頭を抱え、プリントを楽しんでいる菜野子を複雑な表情で見たが、菜野子は屈託のない笑顔で向けて尚樹を呼んだ。
「ねー、ナオもやろうよー」
「いや、俺はいいから」
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