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うめき声に似たそれは、ずっと聞こえているわけではない。ひとしきり鳴いては木々を飛び移っていく夏の蝉のように、不定期ではあるが、存在感を失わない程度に聞こえ続けている。冷静に観察すればするほど、それは確信めいてこの世の物でない可能性を僕に示唆する。
さすがに体が震えてきた。怖いのと寒いのと半々よりは、怖い寄りだ。
そこでまずは半分弱の震えの原因に対する対処をすることにした。
こたつの横に脱ぎ捨てられたダウンジャケットをそっと拾い上げて着込んだ。それでも震えは止まらなかった。
寒さはしのげても、怖さはしのげない。
いよいよ本丸を突かなければならない。外堀を埋めるため、まずは部屋の灯りをつける。その行為ですら、僕の中ではホラー映画の死亡フラグに一歩近づいてしまうかもしれないと思うほどに怯えていた。
もしも蛍光灯の紐を引っ張っても灯りが付かなかったら……
パチパチパチと音を立てて、部屋の中が3回フラッシュした。そのフラッシュの中に人影が見えてしまう妄想を僕は止められないでいたが、灯りのないままでいることのリスクのほうがはるかに高いと僕の右手は判断し、いつもより力強く紐を引っ張った。
『あー、これ、ダメなやつだ』と逃げ出したくなるくらい蛍光灯が見事に揺れた。最高の演出である。そのときうめき声が消えた。息を飲み込む。唾はでていない。
冬である。
見事に部屋の中は乾燥し、僕の唇は接着剤で止められたように固く閉ざされていたが、何かの拍子で大きな声を出してしまいそうで、次の瞬間には両腕が反応して口を塞いだが、目を閉じるのを忘れた。ほんの一瞬、目の前に人の影のようなものが見えた気がした。男とも女とも見分けがつかないが、童子やキツネやタヌキの類ではなかった。
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