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「佳乃ちゃん、ストレス溜めてる?」
朱里が、佳乃の指を優しくマッサージしながらフランクに問いかけた。
『Southern』というサロンの名前は、訳して字の通り、自身の苗字「南野」にちなんでいるらしい。
「桑田佳祐のファンってわけじゃないのよ」
初めて来店した際にそんな冗談を聞いて、佳乃は朱里のファンになった。
一昨日までは天にも昇る心持ちだったのに、昨日の『三田課長、3人目おめでとう』事件で一気に地獄へ突き落とされた。
ストレスを感じずにいられようか。
「ええ、まぁ…分かっちゃいます?」
「爪と髪の毛には、てき面に疲労が出るからね~」
軽口を叩くくらいの間柄にはなっていたけれど、さすがに朱里さんに不倫の相談は出来ない。
「働く女子は、大変だ」
「それなら、朱里さんだって」
「私は、好き勝手させてもらってるもの~」
既婚で子どももいて、自営で好きなことを仕事に出来て。
朱里こそ、全てを手に入れた、一昔前で言うところの「勝ち組女子」なのだろう。
また気分が落ち込みそうになったところで、
「はい、出来上がり!」
朱里の軽快な声が響いた。
薄桃色に仕上がったネイルを目にして、少し気持ちが和んだ。
「また、元気な時にガッツリ盛らせてね。今日は体調悪い中、来店ありがとう」
茶目っ気たっぷりに力こぶを作って、朱里は佳乃を見送った。
こういう気配りとユーモアを併せ持った素敵な女性になりたいと、素直に思った。
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