コタツ連邦共和国

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 トーベが去った家には、ただ長い静寂があった。愛息を国に取られた母親と父親が交わすべき言葉などない。机には、赤紙と呼ばれる、政府からの令状が一枚。その隅には、涙の乾いた跡があった。 【召集令状】 この度、あなたの大切なお子様が、“人類種保存計画”の被験者に選ばれました。つきましては管理局のスタッフがご自宅にお迎えにあがりますので、別紙に記載の日時にはご在宅願います。 【人類種保存計画とは】  人工太陽を含むコタツ内のエネルギーはすべて、海水発電によってまかなわれています。しかし、利用できる海域は減少の一途を辿っており、ここ数年で、コタツ海域の約九〇%が凍結。人工太陽はおろか、コタツの維持そのものが極めて困難というのが現状です。  コタツ国会にて採択された、“人類種保存計画”。これは、未来ある若者に、さらに未来、氷河期後の地球を託そうという計画です。若者をコタツの外、氷床の下にて冷凍保存し、氷河期の終わるその時まで眠ってもらう。彼らが目覚める頃には、世界中の氷は溶けていることでしょう。  このままコタツの終焉とともに、人類が滅亡していくのを見守ることもできます。しかし、それでいいのでしょうか。我々の先祖は、地球の長い歴史の中で、幾度となく危機に瀕し、その度に試行錯誤を重ねて、命を繋いできました。そんな尊い魂の系譜を、今ここで、我々が簡単に途絶えさせていいのでしょうか。  愛しい我が子に、遠い未来の世界を託したい。最初にそう願ったのは、私の妻でした。機能低下の著しいコタツを憂いてのことでしょう。その望みを聞いた娘は、喜んで第一被験者に立候補しました。残り僅かな時間を家族とともに過ごすことよりも、人類の未来を選んだのです。  すべての子どもたちが、娘のように決断できるとは思いません。ですから、親のあなたたちが、選んでください。終わりゆくコタツの中で共にささやかな時間を過ごすのか、大切な我が子を未来に託すのか。そう、我々の先祖が、生き方を選択してきたように…… 氷歴931年10月16日 被験者氏名 トーベ=ハルトマン 人工太陽管理局局長 クリス=ローゼンバーグ
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