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くまさんお手製の夏野菜カレーは、とびきり辛くて絶品だった。
ふたりでフウフウ言いながら食べた後、コーヒーを入れてシュークリームをいただく。
「そういえば夕方、要くんが来たよ」
口についたクリームを拭いながら発したくまさんの言葉に、一夏の身体は固まった。
「……要が?」
「うん。朝から出かけてるって言ったら、『また来ます』って」
「……そっか、」
浮かない顔をした一夏に、くまさんが首を傾げた。
「どうした?要くんと喧嘩でもしたのか?」
「……いや、……なんで?」
「最近あんまりつるんでないな、と思って。ほら、昔は兄弟みたいにいつもいっしょだったからさ」
「もう、そういう年じゃないから」
自分でも驚くくらい、冷たい声が出た。
目をぱちくりさせたくまさんに、あ、ごめん、とつぶやく。
「……ちょっと出てくる」
「ああ。これ持っていきな」
残りのシュークリームが入った箱を手渡された。
「要くん、きっと喜ぶよ」
にっこりと微笑むくまさんに黙って頷いてから、家を飛び出した。
要の家は徒歩で五分もかからない近所だ。インターホンを鳴らすと照明が灯り、すこしの間の後に静かにドアが開いた。
要の大きくて澄んだ瞳が、一夏を見つめる。
「……くまさんが、さっき来たって」
いざ面と向かうと、身体がこわばってなにを話していいのか分からなくなる。手に持った箱を無骨に差し出すと、要の表情がふっと、やわらかくなった。
「……ありがとう。入れよ」
「ああ」
慣れ親しんだ家に入り、リビングのソファに座った。
「貴和子さんは?」
「出張で東京。今夜は紗佳さんと飲み歩くってさ」
「女ふたりで弾けてそうだな」
貴和子さんは、要の母親だ。幼い頃に要の両親は離婚していて、父親はいない。今夜要は家に一人だということになる。
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