3 幼馴染み

7/12
前へ
/63ページ
次へ
「そういえば、新作が出来たんだ」 「こないだ言ってたやつ?」 「ああ。見る?」 「見たい」  要の後について二階へ上がる。  要の部屋は、勉強机と本棚、ベッドのほかに、大きな作業台とスチールシェルフが並んでいて、シェルフにはびっしりと工具が並んでいる。  高校生の部屋というより、まるで工房のようだ。 「これ。一夏のサイズに合うから、嵌めてみて」 そう言って差し出されたのは、カブトムシの指輪だ。カブトムシは本物と同じ大きさで、銀でなければまるで生きていると見まがうくらい、精巧な作りだった。 「すげえ」 「いいだろ。いろいろ試作して時間掛かったけど、やっと満足できるものができた」   要の母親である貴和子さんの職業は、ジュエリーデザイナーだ。そんな母親の仕事を間近で見ながら育った要も、幼い頃からジュエリー制作に取り組んでいた。  要は銀細工が好きで、特に蝶や昆虫をモチーフとした指輪が得意だ。どれも一目見たら忘れられない強烈なインパクトを持つ作品は、貴和子さんの薦めもあって東京のジュエリーショップで販売されていて、人気の品は一年以上の予約待ちだという。あくまでも趣味の領域なので、制作できる数が限られているのだ。  「手放すのがもったいないだろ」 「いや、売れた方が嬉しいよ。貴重な進学資金だからな」  それほどの腕を持っているにも関わらず、要の将来の夢は植物学者なのだ。  成績は学年でも常にトップクラスで、生徒会の役員も務めている。  誰もが認める優等生、それが要だ。  指輪を慎重に外して、要に手渡す。指先が一瞬触れて、今度は一夏の方が慌てて指を引っ込めた。  すこし触れただけなのに、心臓の鼓動が速まったまま、戻らない。  ずっと一緒にいたいのに、ふたりきりになるともう駄目だった。 「また今度飯食いに来いよ」 「ああ。くまさんのカレー、俺も食べたい」 「伝えておくよ」  振り返る瞬間に見つめた要の首元に、銀のチェーンが揺れている。  また、心臓がずきりと痛む。悲しくて、苦しくて、一夏は逃げるように要の家を飛び出した。 
/63ページ

最初のコメントを投稿しよう!

339人が本棚に入れています
本棚に追加