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「そういえば、新作が出来たんだ」
「こないだ言ってたやつ?」
「ああ。見る?」
「見たい」
要の後について二階へ上がる。
要の部屋は、勉強机と本棚、ベッドのほかに、大きな作業台とスチールシェルフが並んでいて、シェルフにはびっしりと工具が並んでいる。
高校生の部屋というより、まるで工房のようだ。
「これ。一夏のサイズに合うから、嵌めてみて」
そう言って差し出されたのは、カブトムシの指輪だ。カブトムシは本物と同じ大きさで、銀でなければまるで生きていると見まがうくらい、精巧な作りだった。
「すげえ」
「いいだろ。いろいろ試作して時間掛かったけど、やっと満足できるものができた」
要の母親である貴和子さんの職業は、ジュエリーデザイナーだ。そんな母親の仕事を間近で見ながら育った要も、幼い頃からジュエリー制作に取り組んでいた。
要は銀細工が好きで、特に蝶や昆虫をモチーフとした指輪が得意だ。どれも一目見たら忘れられない強烈なインパクトを持つ作品は、貴和子さんの薦めもあって東京のジュエリーショップで販売されていて、人気の品は一年以上の予約待ちだという。あくまでも趣味の領域なので、制作できる数が限られているのだ。
「手放すのがもったいないだろ」
「いや、売れた方が嬉しいよ。貴重な進学資金だからな」
それほどの腕を持っているにも関わらず、要の将来の夢は植物学者なのだ。
成績は学年でも常にトップクラスで、生徒会の役員も務めている。
誰もが認める優等生、それが要だ。
指輪を慎重に外して、要に手渡す。指先が一瞬触れて、今度は一夏の方が慌てて指を引っ込めた。
すこし触れただけなのに、心臓の鼓動が速まったまま、戻らない。
ずっと一緒にいたいのに、ふたりきりになるともう駄目だった。
「また今度飯食いに来いよ」
「ああ。くまさんのカレー、俺も食べたい」
「伝えておくよ」
振り返る瞬間に見つめた要の首元に、銀のチェーンが揺れている。
また、心臓がずきりと痛む。悲しくて、苦しくて、一夏は逃げるように要の家を飛び出した。
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