3 幼馴染み

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 夏の暑い日だった。貴和子さんが東京出張だと知って、一夏は一人過ごす要の家に泊まりに訪れていた。その頃は紗佳とくまさんはまだ新婚で、ふたりきりで過ごして欲しいという気持ちもあって、一夏はよく要の家に泊まりに行っていたのだ。  幼い頃から要の家には入り浸っているので、特に気を使うこともない。テレビや映画を観たり、ゲームをしたりと気ままに過ごすのが常だ。とりわけ一夏が好きなのは、指輪を作る要の姿を眺めることだ。  その日も夕食の後、要は作業机に向かって黙々と作業に打ち込んでいた。オナガアゲハのモチーフで、ちょうど花の蜜を吸う時のように、羽を立てている。それでも指輪を嵌めると手の半分を覆ってしまうくらいの大きさだ。 「そういえば、前から思ってたんだけど」  一夏の声に、要が手を止めて顔を上げる。 「要って、花が好きなのに、なんで蝶や昆虫しか作らないのかなって」  要の家には花が溢れている。庭の木々やプランターにはいつも季節の花が鮮やかだ。その頃も、色とりどりの朝顔やオレンジのノウゼンカズラの花が咲き乱れていた。花が好きな要の、よく手入れされた自慢の庭だった。 「……自分の投影、かな」  しばらく考えてた後、要はそうつぶやいた。一夏には、その意味が理解できない。 「俺、ひとの手って、花に見えるんだ。なんとなくかたちが似てる気がするし、きれいな手のひとだと、そこに目が行くだろ」 「ふうん」  よく分からなくて、あいまいに頷く。 「だから、うつくしさに引き寄せられて、蝶や昆虫が花の蜜を吸うように指に吸い付いている感じがいいなって思って」 「でも、どうしてそれが自分の投影?」 「……欲望、とも言えるかも知れない」  ますます訳の分からないことを言って、首を傾げる一夏に、要は微笑む。 「まあ、インパクトがあるから、ってのが一番の理由」  それだけ言って、ふたたび要は作業に戻ってしまう。  欲望。そんななまなましい言葉が要の口から零れたことに、一夏は正直驚いて、うまく話を続けることができず、そのまま会話が途切れてしまった。  要のベッドに寝転んで、作業に没頭する姿をしばらくの間眺めていたが、いつのまにかうとうとと眠ってしまった。
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