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薄明かりのなかで、要は指輪を見つめている。その表情は、やさしくて、でもどこか悲しげでもあった。
手のひらの指輪を、右手の親指と人差し指でつまむと、しばらく間近で見つめていた指輪が、要の口元に、近づいていく。
要のくちびるが、そっと指輪に触れる。その一連の動作を、一夏は息を呑んだまま見つめていた。
目を閉じ、いとおしむようにくちづける要の表情に、一夏の腹の底のあたりから、ぞくぞくとした感覚が駆け上る。と同時に、心臓が引き裂かれるような痛みに、ぎゅっと目をつむった。
一夏は、目を閉じたまま身体を丸くする。
要には、好きなひとがいるのだ。
要が一夏を抱きしめなくなったのも、肌身離さず指輪を身につけていることも、なにもかも納得がいく気がした。
きっと、そのひとから貰った指輪なのだ。だから、あんなふうに、キスをした。
もう中学生だ。好きなひとがいても、付き合っていても、おかしくはない。
頭ではそう分かっていても、一夏にはそれを受け入れることができない。頭が混乱し、悲しみとも、怒りともつかないような激しい感情に襲われる。
要が、遠くに行ってしまう。
いやだ、いやだと子どもの一夏が叫んでいた。
ずっと側にいて欲しいのに。誰よりも近くにいて欲しいのに。
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