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とても悲しい言葉なのに、どうして槙は笑っていられるのだろう。
この世界から消えてしまうという、悲しすぎる事実を、なぜ槙は真正面から受け止められるのだろう。
「やるよ。俺の日曜日。全部やる」
一夏は即答する。泣きそうになるのを必死で堪えながら、声を振り絞った。
「全部やるから。……夏休みの間は、絶対に消えるな」
槙が頷く。
「約束するよ」
右手の小指を槙に差し出す。槙の左手の小指が触れて、しっかりと絡み合った。
「……来週が待ち遠しいと思えるのは、いいな」
ぽつりと呟いた槙の言葉は、一夏の心に深く染み込んだ。
帰りの車の中で、携帯が鳴った。画面を見ると、母の紗佳だ。隣の槙に断わって、電話に出る。一分もかからずに、電話は終わった。
「ごめん、母親からだった」
「なにかあったのか、」
「いや。久しぶりに家に帰ってきたからって電話。……俺の母親、東京で単身赴任してるんだ」
「よく憶えてるよ。小柄で可愛いのに、なんだか凄みのある人だったな。印象が強いというか。職業柄かな」
「まあ、そうかも。昔からなにもかも見透かされてるみたいで、怖かったし」
「ぼくのことも、分かってたんだろうな」
「そうそう、一年の時、家庭訪問で槙がうちに来ただろ。あの後『先生は私が成仏させてあげた方がいいのかしら』って言ってたな」
「……それは怖いな」
「うっかり出会ったら、走って逃げろよ」
槙が笑う。髪を振り乱して槙を追いかける紗佳の姿を想像して、一夏も笑った。
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