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6 紗佳
時計を見ると十二時を過ぎていた。シャワーを浴びようと思い部屋を出ると、まだリビングの照明が灯っている。覗いてみると、紗佳がノートパソコンに向かっていた。
「あら、起きてきたんだ。要くん、さっき帰ったよ」
「知ってるよ。……仕事?」
「うん。明日から三日間、F市でセミナーだから、資料のチェック」
「相変わらず忙しそうだね」
「おかげさまで」
もうすっかり酔いは醒めているらしい。普段通りのはきはきとした口調に戻っている。
「シャワー浴びてくる」
「行ってらっしゃい」
さっとシャワーを済ませてリビングに戻ると、紗佳が麦茶を入れてくれた。東京土産のフルーツゼリーも一緒だ。
「ありがとう」
「たまに会うから、こういう母親らしいことしたくなるのよ」
紗佳がふふ、と笑って、ふたたびパソコンの画面に戻る。
母親がここにいるというだけで心から安心できるのは、なぜだろう。母にまとわりついてお喋りに夢中になっていた子ども時代の、あの甘やかな雰囲気がただよっている気がして、一夏はこのところの悩みを、ぜんぶ紗佳に話してしまいたくなった。
「……あのさ、ちょっと聞いてほしいことがあるんだ」
「いいよ」、と言って、紗佳はパソコンを閉じた。
昔から、紗佳はそうだ。いいかげんに人の話を聞いたりしない。一夏が好きな、母の一面だ。
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