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「槙先生のこと。……先生、もうすぐ消えそうなんだ」
一夏の言葉に、紗佳が目を閉じて、軽く両手を握った。母があちらの世界と交信するときの姿だ。
「ああ、そうね。もう消えてもおかしくないわね」
「先生は自分が死んだ理由を話したくないって言ってる。でもさ、なにか強く思い残したことがあるからこの世に留まっているわけだろ。このままだと成仏しない気がするし、実際闇の世界に溶けていきそうになってるし。本当にそれでいいのかなって気がして。……まあ、おせっかいかも知れないけどさ」
「おせっかいだけど、放っておけないんでしょ。あなたは昔からそういう子だもん」
紗佳の言葉に、一夏は苦笑する。
「どうして先生は自殺なんてしたんだろう」
一夏の言葉に、紗佳が眉根を寄せて顔をしかめた。
「自殺? ……って、先生がそう言ったの?」
「うん。……え、なに?」
紗佳は黙って、しばらく考え込んでいた。
「ま、先生が自分で言ったなら、そういうことにするとして、」
ふたたび紗佳が目を閉じる。
「一夏、あなたもよく知っている通り、この世界にはルールがある。それは、人の秘密を勝手に覗いてはいけない。そして、人の自由意志を尊重しなければならない」
「うん。分かってる」
子どもの頃から散々言われてきたことだ。霊力で他人をコントロールすれば、必ずそのしっぺ返しを喰らうことになる。
「だから、先生が死んだ理由は、私は分からない。でも、人との出会いには必ず意味があるってことも事実なの」
一夏は頷く。
「つまり一夏と先生が出会ったことにも絶対に意味がある。もっと言えば、先生がこのまま闇の世界をさまようことになるのを止められるのは、あなたしかいない」
「俺しか……?」
「そう」
紗佳は目を開いて、一夏の瞳を見据えた。
「だから、よく聞いて。忘れないでね」
「うん」
一夏も、紗佳の目を見据える。
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