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「ごめんね。朝から図書館に行くって出て行ったのよ。そのうちに帰ると思うけれど」
玄関先で貴和子さんにそう言われて、一夏はがっくりと肩を落とした。緊張で固くなっていた身体の力が一気に抜けて、ふう、と大きな息をつく。
「それじゃ、また来ます」
「せっかく来たんだから、お茶でもどう? おいしいケーキあるわよ」
にっこりと笑った貴和子さんに促されて、お邪魔した。
ソファに座ってしばらく待っていたら、コーヒーと、フルーツがたくさん乗ったタルトが運ばれて来た。
「うわ、おいしそう」
「でしょ。ホールで買っちゃったから、たくさん食べてね」
貴和子さんのケーキも大ぶりに切ってあって、ふたりで「おいしいおいしい」とはしゃぎながら食べる。
こうやって要の家で貴和子さんと会うのも久しぶりだ。貴和子さんは黒い水玉のワンピース姿で、胸元にはイルカ二頭が飛び跳ねているペンダントが揺れていた。
「それ、可愛いですね」
「これ? ありがとう。昨日作ったばかりなの。シルバークレイの簡単なものだけど」
「シルバークレイ?」
「銀粘土のことよ。好きなかたちに成形して、焼いたら完成」
「へえ。そんなのがあるんだ。おもしろそう」
「楽しいわよ。あ、よかったら今から作ってみる? 要が帰ってくるまでの暇つぶしにいいんじゃないかしら」
貴和子さんの提案に、一夏の心が一気にざわめいた。
この感覚。なにかが来ている。
「……それって、指輪も作れます?」
「もちろん。メンズのシンプルな指輪だったら、三時間もあれば作れるわよ」
貴和子さんの言葉に、かちりとパズルがはまる音が聞こえたような気がした。
「お願いします!」
「元気ねえ。いいわよ。さっそく作りましょう」
ビジョンの謎が解けた。
ありったけの願いを込めて一夏が作った指輪を、槙にプレゼントする。槙が光の方へ向かうための、お守りの指輪だ。
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