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「要……」
一夏の声に、はっとした様子で顔を上げた要の表情が、たちまちにして曇る。眉根を寄せ、なにか考え込んでいるようだった。
「要、その指輪、」
「一夏、……悪いけど、体調が悪いんだ。部屋で休むから、また今度にしてくれないか」
そう言い放つと、ろくに一夏の顔も見ずに足早にリビングを去って行く。そんな要らしからぬ態度に、残された一夏は呆然と立ち尽くした。
「ごめんなさいね。あの子、小さな頃からパニクったら部屋に引きこもる癖があるのよ」
貴和子さんが苦笑しながら続ける。
「あの調子だと、おそらく数日間は引きこもりっぱなしで指輪を作ってるわよ。……一夏くんの前ではいい格好してるから、知らなかったでしょ?」
幼い頃からずっと、要はいつだってやさしくて、きちんとしていて、頼りがいのある存在だった。改めて考えれば、一夏に対して不機嫌になったり、怒られたこともない。どんなに一夏が我が儘を言っても、いつも要は許してくれた。それが当たり前だと思っていた。要に甘えるだけ甘えて、彼の気持ちなどなにひとつ考えていなかったと、あらためて気づかされた。
しかし、いまはやるべきことがある。一夏は動揺する心を振り払うように頭を振ってから、貴和子さんに訊ねた。
「貴和子さん、要のあの指輪のこと、なにか知ってますか。……さっき言ってた運命って?」
「もちろん知ってるわ。でも、要から直接聞きたいでしょう?」
一夏は首を横に振る。
「ある事情があって、ここでは話せないけど、要の指輪のことを知りたいんです。しかもあまり時間がない。だから、貴和子さんが知っていることを教えてくれませんか?」
一夏の切羽詰まった表情から察したのだろう。貴和子が大きく頷いた。
「わかったわ。そこに座って話しましょう」
ソファに向かい合って座る。コーヒーを一口飲んでから、貴和子は静かに語り始めた。
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