339人が本棚に入れています
本棚に追加
「あの指輪はね、要が生まれた時に、手に握りしめていたものなの」
「……え?」
「常識ではとても説明がつかないような話でしょう? でも、お医者さんも助産師さんも、出産に付き合ってくれた私の母も、みんな要がそれを握りしめて生まれて来たところを目撃していた。だから、これは本当の話なの」
「……でも、」
目をぱちくりさせている一夏に、貴和子さんが笑った。
「でもね、私は不思議と納得したというか、ああ、この指輪はきっとこの子をずっと守ってくれる、そんな気がしたの。だから、要がすこし大きくなって、物事がわかるようになった頃に、『お守りだから大切にしてね』と言って、要に渡したの。……確か、五歳の頃だったかしら」
「へえ。……すごいですね」
たった五歳の子どもに、そんな大切なものをあっさりと渡してしまう貴和子さんの潔さに、一夏は感心した。
「そうするのが正しいって思ってたのよ。要は小さくても、指輪を大切にしてたわ。家にいる時はいつも眺めて、話しかけたり、耳に充てたりして、まるで指輪と会話をしているようにも見えたの。要はああいう性格だからなにも話さないけれど、とにかく、あの指輪はあの子にとって、ただの指輪ではないことは確かよ。今でもいつも身につけているでしょう」
一夏は頷く。
「それでね、まだ要が赤ん坊の頃、保育園で知り合った紗佳さんと仲良くなって、指輪のことを観ていただいたことがあったの。ほら、一応怪奇現象みたいなことでしょう。私はいいものって信じていたけど、念のために」
「……まあ、普通では考えられないことだから」
「ええ。それで、その指輪を手に取った紗佳さんが、言ったの。『この指輪には運命の人が刻まれている』って」
「……」
「そして、要にはいつか必ずその指輪を持って生まれた意味が分かるから、その時まであたたかく見守ってあげてね、って言われたの」
「……運命の、ひと」
「だから、さっき一夏くんの指輪を見た時、思わず叫んじゃったのよ。……本当に、不思議なことってあるのねえ」
ふう、と大きな息を吐きながらも、貴和子さんの表情は穏やかだ。
最初のコメントを投稿しよう!