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8 笑顔
次の日曜日は生憎の雨模様だった。しかもどしゃぶりで、待ち合わせの場所にたどり着くまでに、一夏はすでにずぶ濡れだった。大雨警報も発令されていて、槙からはキャンセルの連絡が入ったが、どうしても指輪を渡したくて、結局すこしだけ会おうということになったのだ。
車に乗り込む。濡れ鼠の一夏を見て、槙が苦笑した。
「なんならホテルにでも行こうか?」
「……ホテルよりタオルだろ、普通」
槙に借りたタオルで髪や身体を拭いている間、槙は後部座席のビニール袋のなかからポテトチップスを取り出し、開封する。ペットボトルの炭酸飲料も渡された。
「それじゃ、車内デートということで。……なにか話せよ」
「……なにかって、いきなり言われても」
「なんでもいいさ。相沢との進捗状況とか、」
槙の言葉に、一夏はがくりと項垂れる。
「なんだ、その顔は。ひょっとして進展なし?」
からかうような槙の言葉には答えず、黙ってポテトを頬ばった。
要とはあれ以来、会っていないし連絡も取っていない。きっとまだ引きこもっているのだろう。こちらから訪ねるのも気が引けて、もやもやとした心のまま、今日を迎えている。
「いかにも要領良く生きてますって顔して、意外と奥手なんだな、相沢も」
「……」
要の悪口を言われたような気がして、一夏は槙を睨み付けた。
「どうせ『大切すぎて手が出せない』とか言うんだろ」
槙の顔があっという間に近づいてきたと思ったら、逃げる間もなくキスされた。
「……なにっ」
口元を押さえる。真っ赤になった一夏とは逆に、槙は涼しい顔だ。
「ぼやぼやしてるとぼくが一夏をおいしくいただくよって、相沢に伝えておけよ」
そう言ってにやにやと笑う槙の頭を思いきり叩いて、一夏はそっぽを向いた。
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