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3 幼馴染み
帰宅したのは夜の八時を過ぎた頃だった。玄関を開けると、食欲をそそるスパイシーな香りが家中に漂っている。
リビングに入ると、「お帰りー」と間の延びた声がキッチンから響いた。
「遅くなってごめんな」
「ちょうど良かった。いま夕飯が出来たところだよ」
現れたのは、エプロン姿の大男だ。
「くまさん、これ、おみやげ」
帰りがけにケーキ屋で買ったシュークリームの箱を渡すと、くまさんは「ほほお」と目を細めて笑った。
「嬉しいなあ。あとでコーヒー入れて食べよう」
「今夜はカレーだ!」
「お隣さんから茄子をたくさん頂いたから、夏野菜カレー。今夜のは自信作だよ」
にこにこしながら鍋をかき混ぜるくまさんを眺めていたら、ほんわかとあたたかな気持ちにつつまれた。そういう不思議な魅力がくまさんにはあって、一夏は彼が大好きだ。
くまさんは、一夏の義父だ。一夏が小学六年生の時に、母の紗佳と再婚した。旧姓が久間だから、というのが理由だが、百九十センチを超える巨漢の上に毛むくじゃらで、どう見ても熊にしか見えないので、名字が変わった今でも一夏は「くまさん」と呼んでいる。もちろん、親しみを込めてだ。
一夏が高校に上がると同時に、紗佳は東京に居を構えて働き始めた。紗佳は業界でも有名な霊能者で、鑑定に加えて、講演会やセミナーなどで全国各地を飛び回っており、この片田舎の街で仕事を続けることが困難になったからだ。
くまさんも一緒に東京で暮らせばいいのに、と一夏は言ったが、元々東京出身のくまさんは、この田舎暮らしがすっかり気に入ってしまい、今さら東京には戻りたくないのだと言う。そんな訳で、一夏はくまさんとふたりで暮らしている。
くまさんの職業は、のどかな外見にまるで似合わない、ホラー小説家だ。
彼も子どもの頃から霊だのなんだのが見える人間で、霊障を払うために紗佳の元に訪れて、くまさんが紗佳に一目惚れしたというのがふたりのなれそめだと聞いている。
そして、くまさんの小説は、そのリアルさからか、ホラー小説マニアの間では絶大な人気を誇るらしい。
部屋はいつもほこりっぽいし、食事も適当だが、男ふたりの気ままな暮らしを、一夏はとても気に入っている。
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