橋本妙子の回想

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 そして、夏休みに入る前、お父さんの会社が倒産した。  お父さんの会社は布団や寝具を扱っている会社だった。  布団ってすごく高いものなんだと私は後で知った。  まだ始めたばかりの会社でお父さんは毎日張り切って営業活動をしていた。  休みの日には必ず近くの神社に事業の成功を祈願しに行き、時々仕事の帰りには和菓子屋の「芦田堂」に寄ってお饅頭を買ってきてくれた。  けれどこの春、お父さんは悪質な取引先の会社に騙されてしまい、お金を融通してもらっていた会社にお金の代わりに商品である在庫の布団を持っていかれてしまった。  後々わかったことらしいけれど、取引先もお金を貸してくれた会社もグルだったということだ。  このたちの悪い二つの会社がグルであるということが証明できればなんとかなったのに、とお父さんは今も悔しがっている。  お父さんはまた個人で仕事を始めたけれど家の暮らしは一向に楽にならない。  事業をするのに縁起担ぎを気にしたりしていたお父さんだったけれどダメになる時はだめになるものなんだ。  お父さんは「仕事はまた一からやり直せばいい」とお母さんに言っていたけれど、私は明美ちゃんとやり直しがもうできない。  明美ちゃんとしたいこと。遊びたいことがまだまだたくさんあった。まだ何もしていなかった。  駄菓子屋にも二人で行きたかった。「芦田堂」に行ってどら焼きを一緒に食べたかった。  お互いに家が貧乏だけれどいつか遊園地にも行きたかった。  全部、叶わない夢に終わった。
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