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◇
「水野さん、ちょっとええか?」
休み時間、山中くんが私の席の前にどんと勢いよく来た。後ろの席の井口さんがびっくりしたような顔をしている。
「山中くん、な、何?」
思わず警戒してしまう。
「そんなに警戒せんでもええやんか、ちょっと話があるんや」
きっと千円の催促だわ。
「山中くん、ごめんなさい、まだ返すことができないの」
てっきり山中くんが借りている千円の催促に現れたのだと思った。
「えっ、ああ、その話か・・水野さん、そんな話、教室でしたらあかんやないか」
少し思い出したように言ったあと、山中くんはそう私をたしなめた。
「それより、僕のお父さんが言ってたぞ。商品を盗られたんは民事不介入とちゃうらしい」
山中くんは家に来た男たちが持っていった箱のことを言っているのだ。
男たちは盗っていった時に民事不介入だから警察に言っても無駄だと言っていた。
「そ、そうなの?」
私は小さな希望を持ち始めた。
「箱を勝手に持って行った奴は泥棒と同じらしい」
「あ、あの人たち、泥棒なの?」
私はあの人たちに騙されていたの?
「当たり前や、例えばやで、よく聞きや・・店でリンゴを買って、そのリンゴが腐ってたからや言うて、お店のリンゴを勝手に持っていったりしたら、それ間違いなく泥棒やろ」
そう言われて見れば確かにそうだ。
「ただ、問題は、その商品がどこまで詐欺に近かったものかやな、とお父さんは言ってたぞ。でも勝手に持ち出したりしたらあかんのや」
そうなんだ!・・はやく母に言わないといけない。
「今からでも遅くない。警察に言うんや」
「わ、わかったわ」私は力強く頷いた。
「山中くん、ありがとう。私、山中くんにひどいことしたのに」
「そやから、ここは教室やって言ってるやないか」
山中くん、ひどいよ、私を泣かせたくなくて教室の中でこんな話をするなんて。
「ごめんなさい。山中くん、千円、必ず返すから・・」
私は俯いて両膝の上のスカートの裾を掴み泣くのを堪えた。
「しつこい、ここは教室や!」
そのあと山中くんは小さな声で「お母さんが千円返すのんは慌てんでええから、って水野さんに言っといてって伝言や」と耳元で言った。
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