ヘルマン邸

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 しかし、日が暮れだすとこの場所はまさしく「お化け屋敷」と化してしまう。  周囲には灯り一つない。そして音も一切ない。たまに犬の遠吠えが聞こえるくらいだ。  一歩足を踏み出す度に枯葉や瓦礫、砂利、ガラスの砕ける音しかしなくなる。 「幽霊などこの世に存在しない」と父はよく言っていたが、ここにだけは幽霊が存在するのではないか、とその頃は思っていた。  きっと、ここで栄華を極めた人々がこの世を恨みに思って出てくるのだ。  夕暮れに吉水川の下流の方から「ヘルマン屋敷」を見上げれば高台にそびえ立つ屋敷の上を真っ赤な空が覆い尽くし、まるで何かの生き物のように空が動いているように見えた。  西洋には怨霊がいるかどうかは知らないけれど、赤い空はまさしく大きな怨霊に見える。  そして尖塔の十字架が怨霊に対抗する剣のように空を貫いているようにも見えた。  今、吉水川の土手に立つと、そんな子供の頃はあまり感じなかった吉水川の景観は美しい。上流の右手にはヘルマン屋敷、左手には大きな古美術館。  僕は暇さえあれば吉水川の土手を川伝いに走っている。秋の運動会の練習以降、すっかりそれは習慣になっていた。  上流の更に向こうに広がる六甲山系の山々、そして河口に行くにつれてひろがる美しい川の流れ。  けれど、そのせっかくのいい景観を台無しにしているのが川沿いに立っている汚いトタン屋根のバラック住宅の群れだ。
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