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案の定黒川くんは薄い布団の上で、白濁液にまみれて眠っていた。
あちゃー……。
「ティッシュティッシュ……」
せめて顔についている精液だけでも拭おうとティッシュを探すが、ない。
というか、この家には何もない。
六畳一間の真ん中に薄い布団がぽつんとあるだけだ。
カーテンレールに似たような服がハンガーにいくつかかかっていて、部屋の隅にカバンが二つ。
とてもまともな生活を送っているようにはみえない。
散らばっているお札と、黒川くんを交互に見た。
そうだ、あの時、ショットバーで黒川くんに「お金がないんです」と言われたんだった。
それをきっかけに、するすると記憶が戻ってくる。
なんでも黒川くんは、三年前に記憶を失ったらしい。
気がついた時には裸で川辺に倒れていたんだとか。
それをたまたま散歩中の老夫婦に見つけられて、病院に連れていかれ、記憶喪失だと診断された。しばらく入院した後、警察に届けを出したけど失踪届も出されていなかったらしい。
黒川くんの身元を証明するものは何一つなかった。
「多分、きっと、俺は、い、要らない子だったんです。記憶を失う前は、ろくでもないやつで、誰にも必要とされてなかったんだと思います」
黒川くんは悲しそうに笑った。
幸い老夫婦が優しい人だったそうだ。
黒川という苗字を分けてくれて、名前をつけてくれたらしい。
「お、俺、優一って言うんです。おじいちゃんたちは、凄く優しい子って意味を込めたって言ってくれました。でも、その二人も、事故で……」
しばらくは、その二人が残してくれた財産で暮らしていたんだという。
でもそれも次第に尽きてしまって。
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