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彼がこのシャワー室にいたら……そんなふうに考えてしまうと自らのものに手を伸ばしてしまった。目をもう一度閉じ、ふぅ……っと息を吐くと瞼の裏にいる青年を想う。悪いことだとわかっていても気持ちは止まらない。
風呂上りは最悪な気分だった。
自己嫌悪でこのまま消えてしまいたいと思うほどだ。
名前も知らない青年を妄想の中で汚した。
「はぁ……」
何度目かの溜め息をつき、洗面台でドライヤーを手に取った。
夕方には現場にもう一度戻らなければいけない。
髪を乾かしながら、あの青年に会えるだろうかと期待してしまう。そのことに気づいて慌てて首を左右に振った。
ある程度髪が乾いたところでドライヤーを置く。毛先をいじって、また溜め息をついた。
「何期待してんだよ……。ホモとか、キモいだろ……」
同性愛以前に、他人に対してそれほど興味を持ったことがなかった。
告白も自分からしたことはない。それでも、まぁ、彼女と別れた時はさすがにショックだったけれど。
「俺はショックでおかしくなってるんだよ」
鏡の中の自分にそう言い聞かせた。
***
夕方、撤去作業の責任者から作業終了の電話があると俺は自分を抑えられず急いで現場に向かった。
直前まで、現場であるマンションの一室が空になっているか確認するだけだし、ジーンズとシャツでいいと思っていた。
なのに車に乗り込んだ自分はお気に入りのスーツを着こんでいる。なんて気合いの入りようだろう。目当ての青年に会えるかどうかもわからないのに。
目的地に到着して、車を降りると辺りを見回した。朝、停まっていたトラックがないことに気づくと肩を落とす。
作業のトラックがないということは、青年もいない可能性が高い。大方、責任者だけが残り、作業員は会社に戻っているんだろう。
想像していた通り、部屋へ向かうと待っていたのは責任者だけで余計にがっかりした。
「どうかしました?」
責任者に怪訝な顔をされて「いや、なんでもないです」と答える。
そんなに、表情にでていただろうか。
今まで表情の変化を指摘されたことがなかったので、少し面食らった。
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