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それからは仕事モードに頭を切り替えて、部屋の中をくまなくチェックする。残っているものがないことを確認すると責任者から鍵を受け取った。
「お疲れ様でした。お支払いは請求書を受け取った後、ご指定の銀行に振り込ませていただきます」
事務的な言葉を並べる。
責任者のクマみたいに体格がいい男はニコニコと笑みを浮かべたままで「また何かあれば御贔屓に」と言ってキャップを取ると小さく会釈した。そうして俺に背を向けて部屋から出て行こうとする。その肩を、気がつくと俺は掴んでいた。
「えっとぉ……どうかされました?」
振り返って不思議そうな顔で俺を見る男に、焦ってしまった。
「あ、いえ、作業員の方でコレくらいの背丈で綺麗な顔立ちの男の子いるでしょう?」
俺の言葉に、男の視線が宙を泳ぐと「ああ」と声をあげた。
「黒川ですね。彼がどうかしました? なにか問題でも起こしましたか?」
「ああ、いえ、そういうのではなくて。小さい体なのに頑張ってるなって」
黒川っていうのか……。
苦笑する俺に、男は驚いたようで「はぁ」と間の抜けたような声を出す。
「まぁ、確かに彼は頑張り屋なんですが、たまにちょっとボーっとしているところがありまして、他の作業員ともコミュニケーションを取るのがどうも苦手みたいなんですよ……。ウチに馴染めなかったんでしょうなぁ。今月いっぱいで辞めてしまうんですよ」
「そうなんですか……」
思いがけない男の言葉に、俺は目一杯へこんでしまった。
青年の名前がわかった、と喜んでいたのが一転。この会社を辞められてしまっては接点がなくなってしまう。
いや、待て。俺は何を考えているんだ。あろうことか、俺は管理会社の特権を生かして、仕事があるたびにこの会社に仕事を振れば黒川くんと会えるのにと考えてしまっていた。ヤバい、ヤバいぞ。
俺の思考など知らず、男は話し続けた。
「私も、彼のことは心配しているんですけどね。彼、身寄りもないらしいし、なんでも持病を抱えてるとかで……。おっと、プライベートの話をしてしまい、申し訳ない。さっきの話は忘れてください」
持病……?
胸の中がザワザワとした。
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