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「……どうも」
誤魔化すように愛想笑いをした。
変に、思われただろうか。
そう思っても、気持ちは後ろの二人に戻っていく。
男も酒を頼み、黒川くんと楽しそうに話す。男が働く会社の話とか珍客とか。他愛のない話だ。黒川くんはほとんど黙っている。
本当に、友達……か?
「それよりさぁ、そろそろいいんじゃないか?」
男の声が少し淫猥なトーンになる。
「えっ、その……」
慌てる黒川くんの声。
これって嫌がってるんじゃないのか?
「そんなウブな反応すんなよ。お前だって期待してるんだろ?」
男の声がクククッと笑う。
「そ、そういうつもりじゃ……」
これは完全に嫌がってるだろ!
俺は目の前にあるヌルくなったビールのグラスを掴むと一気に飲み干した。そしてグラスをわざと音を立ててテーブルに置くと、振り返った。
男はこちらをチラリとも見ないまま、黒川くんの腰に腕を回し、引き寄せていた。頭にカッと血が上る。
男の肩を掴み、こちらへ無理やり向かせると睨みつける。
「なんだよ! お前!」
慌てる男に俺は口を開いた。
「彼、嫌がってるだろう!」
自分でも驚くほど大きな声が出た。
しっかりと見て確認することはできないが、黒川くんが俺を見ていると感じる。
男は俺を見上げ、睨み返してきた。
「なんだよ、勝手に勘違いしやがって! ちっ……しらけちまった。俺、もう帰るわ」
そのまま財布からお札をいくらか出し、テーブルに置くと店から出て行った。
大事にならなくてよかった。
俺はホッと息をつく。
黒川くんに向きなおり、彼の薄い両肩を手のひらで包み込んだ。
「君、危なかったね」
黒川くんと目が合った。
なんて綺麗な瞳だろう。猫の瞳を彷彿させるぱっちり開いた瞳。形のいい二重まぶた。
俺が見とれていると、彼の瞳が潤み、急にワッと泣きだした。
「なっ……!」
慌てふためく俺に彼は抱きついてくる。
密着し、上目遣いする黒川くん。
「ど、どうしてくれるんですか。俺の、晩ごはん……」
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