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幸紀はいい人生を送れていたとは、言いがたかった。
親が離婚し、再婚相手の父親にDVを受け、学校ではいじめに遭っていた。
これが、まだ幸紀がはっきり覚えている小学3年生の記憶。
つまり小学3年生以降の記憶から、死ぬ直前までの記憶が穴だらけなのだ。
(そしてこの男装癖は、何なのでしょうか?)
幸紀自身、自分が男物の服装を着たがるのを、よくわかっていない様子だった。
口調もなんとなくだが、【俺】という一人称を使いこなすあたり、咄嗟に演じている訳ではない。
そしてあの異常なまでの警戒心も、記載された事だけのせいには思えなかった。
確かに辛い過去だが、本当にそれだけなのだろうか。
まだ10代半ばのこの少女に、一体何があったのだろうか。
小学生の頃から今までの記憶が、すっぽりと抜け落ちただけでなく、所々穴だらけになっていたのは、アルフォンスが上手く修復出来なかった事と、大きな損傷のせいだけなのだろうか。
「そういや、このホテル本当に大きいよなぁ。仕事ってここでやるのか?」
幸紀が話し出し、それによりアルフォンスは意識を浮上させる。
「ええ、そうですよ。ここはホテル兼保護課の仕事場となっています。」
アルフォンスはいつもの微笑を浮かべて言った。
「今からホテルの裏側に行きます。横に動くので、揺れますよ。」
「え、横?」
幸紀が疑問に思う合間もなく、エレベーターが止まった。
かと思えば、ドアと反対方向に、つまり横に動き出す。
幸紀は咄嗟に壁に掴まったので、転倒を防げたが、心臓はバクバクと高鳴っていた。
「よ、横に動くなんて…。」
「元の世界ではないでしょう。この世界はそんなものしかありませんよ。」
「慣れないな…。」
「そのうちですよ。」
不安そうにする幸紀を、安心させるようにアルフォンスが励ました。
幸紀は薄ら笑いをして頷く。
(無理に刺激を与えすぎないように、見ておかなければいけませんね。今は考えるのはやめておきますか。)
アルフォンスはそう結論づけた。
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