第2話 妖美な天使

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幸紀はいい人生を送れていたとは、言いがたかった。 親が離婚し、再婚相手の父親にDVを受け、学校ではいじめに遭っていた。 これが、まだ幸紀がはっきり覚えている小学3年生の記憶。 つまり小学3年生以降の記憶から、死ぬ直前までの記憶が穴だらけなのだ。 (そしてこの男装癖は、何なのでしょうか?) 幸紀自身、自分が男物の服装を着たがるのを、よくわかっていない様子だった。 口調もなんとなくだが、【俺】という一人称を使いこなすあたり、咄嗟に演じている訳ではない。 そしてあの異常なまでの警戒心も、記載された事だけのせいには思えなかった。 確かに辛い過去だが、本当にそれだけなのだろうか。 まだ10代半ばのこの少女に、一体何があったのだろうか。 小学生の頃から今までの記憶が、すっぽりと抜け落ちただけでなく、所々穴だらけになっていたのは、アルフォンスが上手く修復出来なかった事と、大きな損傷のせいだけなのだろうか。 「そういや、このホテル本当に大きいよなぁ。仕事ってここでやるのか?」 幸紀が話し出し、それによりアルフォンスは意識を浮上させる。 「ええ、そうですよ。ここはホテル兼保護課の仕事場となっています。」 アルフォンスはいつもの微笑を浮かべて言った。 「今からホテルの裏側に行きます。横に動くので、揺れますよ。」 「え、横?」 幸紀が疑問に思う合間もなく、エレベーターが止まった。 かと思えば、ドアと反対方向に、つまり横に動き出す。 幸紀は咄嗟に壁に掴まったので、転倒を防げたが、心臓はバクバクと高鳴っていた。 「よ、横に動くなんて…。」 「元の世界ではないでしょう。この世界はそんなものしかありませんよ。」 「慣れないな…。」 「そのうちですよ。」 不安そうにする幸紀を、安心させるようにアルフォンスが励ました。 幸紀は薄ら笑いをして頷く。 (無理に刺激を与えすぎないように、見ておかなければいけませんね。今は考えるのはやめておきますか。) アルフォンスはそう結論づけた。
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