第1話 煉獄

5/12

33人が本棚に入れています
本棚に追加
/317ページ
その時幸紀の脳裏にさっと、死ぬ寸前の光景が過る。 住宅街の寂れた公園。その近くの蛇のような長く細い石階段。 そこから幸紀は自分で飛び降りたのだ。 もう終わりにしたかったから。 死ぬ勇気を出しての一歩だった。 「白崎様。お聞きしますが、貴方…本当に自殺だったんですか?」 「え?」 「いえ、ただの疑問です。自殺された者の様子ではないようなので…。」 「…自殺ですよ。覚えてますから。」 「…そうですか。」 しばらく2人の間に沈黙があった。 暗闇の中では、楽しげな音楽が流れているが、2人の周りだけ空気が重々しく無音の空間に感じられる。 先に話し出したのは、幸紀の方だった。 「で、私は死にかけの状態になって、ここまで貴方に連れて来られたと?」 「正確には、貴方からこちらの世界に魂だけとなって舞い込んだので、連れて来た訳ではありませんね。回収したのも、別の方ですし。ただ…あまりにも損傷が激しい魂でしたので、このホテルに泊めて治療をしたのは私です。」 「えっと、うん…もう驚きはしないけど、私怪我してたんですか?肉体が怪我してたから魂も同じみたいに?」 「ああ、ここで言う損傷は魂自体の怪我の事です。魂とは、人の心や意志そのもの。生前に色々とあった人間は損傷された状態でやって来ます。そのままですと、転生も元の肉体に戻る事も出来ません。だから私が治します。」 アルフォンスはため息をつく。 「貴方損傷が激しすぎて、苦労しましたよ。何百年も生きてきましたが、そのお年で長時間の治療を必要とした魂ははじめてです。」 「な、なるほど…。えっと、それに関してはありがとうこざいます…。」 「いいえ、管理人として当然の仕事をしたまでです。ですが…。」 アルフォンスの顔が急に曇りだした。 「どうかしたんですか?」 「治療は完全には出来ませんでした。白崎様自身がその…生きる気力を無くしていたのもありますが、治りが遅く…貴方の頭の中までは治せませんでした。」 「頭の中?」 意味がわからず聞き返してみる。 「質問を質問で返す事になりますが、白崎様…貴方は何人家族でしたか?」 「は?…何人家族って……えっ…と?」 幸紀は考え込んでしまった。
/317ページ

最初のコメントを投稿しよう!

33人が本棚に入れています
本棚に追加