6人が本棚に入れています
本棚に追加
/8ページ
数年後。
「よー、紅蓮の! 朝から精が出るねぇ!」
食堂の女主人に頼まれた、両手で抱えるくらいの大きさの荷物を運ぶ最中、すれ違いざまに男に爽やかな笑顔で挨拶された。それに対して、これでもかと俺も爽やかな笑顔を向けて返す。
「バカタレ! 何も言わぬ奴がおるか!」
背後から声が降ってきたかと思うと、同時に背中に鈍痛が走る。
「イテ! イテぇ! ちょ、荷物落としたらどうするんだ!」
俺は首だけ振り返りながら叫ぶも、声の主は手に持つ棒切れで、なおも俺を小突いてくる。
「分かった! 分かったから! 次からちゃんとする! だからやめてくれ。本当に荷物を落としそうだ」
「うむ。分かればよろしい」
俺の背後に立つ人物は、それだけ言い終えると満足そうな笑顔を浮かべて、棒切れを地面に突き立てた。この人物だが、足腰が弱いらしく、棒切れは本来、体を支えるための三本目の足みたいな役割をしている。曰く、この棒切れを杖と言うらしいが、俺の知る杖は魔法の補助道具であって、歩くための補助道具ではない。
「わしゃ疲れたからそこの茶屋で休んでいくが、アンタはしっかり働きないよ」
そう言って、俺を魔力も持たないエセ杖で小突いた人物は、俺から離れて通りの店先のイスに腰を下ろした。
こうしてみると、あれだけシワくちゃでよく動けるもんだ。本人は八十歳だと吹聴していたが、あの見た目なら納得も出来る。何より、エセ杖が無ければ外も歩けない。
五十も生きれば大往生。魔物や呪いが蔓延るこの世界で、八十も生きた人間など見たことがない。
世界の終焉を迎えた日、渦雲の中から地上に堕ちてきたのが、あの婆さんだった。婆さんはニホン? という土地からやってきたそうだが、俺の知る限りそんな地名は知らない。おそらく異世界から来たのだろう。
「何をしてる! 早く仕事しない!」
イスに座って、出された茶を啜っている婆さんが、まだ視界にいる俺に向けて怒鳴った。
「あー、はいはい。行ってきますよっと」
本来、俺は世界最強の魔道士で、この世に敵はおらず、傍若無人の限りを尽くしてきた。
そんな俺が心を入れ替えて働いているのは何故なのか? 偏に、あの婆さんが原因だった。
最初のコメントを投稿しよう!