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婆さんに尻を叩かれ、渋々と荷物を抱えたまま食堂へと向かい始めたとき、視界の端で子供が転んだのが見えた。しかし、そんなこともお構いなしに歩を進めると、転んだ子供が泣き始めた。
「何してる! 助けなさいな!」
遠くから婆さんの叫び声が聞こえた。
「えー? 俺、両手塞がってるしぃー。放っときゃ勝手に泣き止むでしょ」
「つべこべ言わず、助けなさいな!」
有無を言わさぬ婆さんの言葉に、カチンときて、荷物を地面に置くと、俺は婆さんに右の手のひらを向けた。
あたりの気温が瞬く間に上昇する。まるで俺の怒りのボルテージがそのまま大気に影響を及ぼしているような超常現象。やがて、掲げた右手の前に火球が顕現する。無詠唱の魔法の発動は、世界広しと言えど、最強の名を冠する俺だけに許された特権だ。
「ババァ! いい加減、俺に命令するなぁ!!」
怒りのままの叫び声と共に、火球が勢いよく婆さんに向かって飛んでいく。そして、婆さんが躱すこともなく、直撃した。
外野が好き放題悲鳴をあげている。婆さんは茶を飲んでいた店ごと吹き飛んだ。
普通なら、そうなる筈なんだが……。
「そっちこそ、いい加減に学習しなさい!」
声が聞こえるが先か、俺は脳天から垂直に拳骨を喰らっていた。
「まったく……本当に喧嘩っ早いんだから……」
俺は殴られた衝撃で地面に倒れていた。遥か上から降り注ぐ俺を諌める声は、若い女の声。長く黒い髪に、艶のある肌。衣服は乱れ、所々健康な肌が露出している。
「で、立ち上がれる?」
なおも地面に伏す俺を心配したのか、女は しゃがみ込んでから俺の手を取って、無理やり俺の上体を起こした。
「……相変わらず、力が有り余ってるな……婆さん」
「誰が婆さんよ!」
女は頬を膨らませ、俺の失言を咎める。
いや、失言ではないか……この若い女は、先ほど茶を啜っていて、俺の魔法が直撃した婆さんなのだから……。
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