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「あいにく、今は平和な時代にはほど遠い。ついでに、僕は育ちが良くない。学業に秀でてもない。おまえの希望には添えないんだけど」
「もうっ」
僕は、相原秋人という名の一兵卒だ。まだ17歳になったばかりだが、野戦特別科は万年人手不足なので、時には重要な作戦に駆り出されることもある。
先日、砲兵隊に配属され、真新しいグレネード・ランチャーとライフルを支給して貰い、今回の作戦を任されたところだった。
ところで僕が探しているのは、あくまでも中隊長だった。彼は僕が所属する地下政府軍の上官であり、三日前に敵兵に拉致されてしまったのである。彼の居場所を特定するのが、前線に配置された僕の任務だった。
しかし、どうやら僕は任務を中断しなければならなくなったようだ。
・・・・・・真白を放っておくわけにもいかないだろう。
「ほら。安全な所へ連れていってやるから・・・・・・。おまえ何で、こんな所に来たんだよ。みんな心配してたぞ」
「だって秋人・・・・・・」
真白が僕に視線を注ぐ。
僕は肩をすくめると、構えていたグレネード・ランチャーの銃口を下ろし、木々の生い茂る森の中を、出口に向かって歩いていくことにした。
ひどく蒸し暑い日だった。生い茂る枝葉を掻き分けて歩くたびに、汗が額に滲み、やがて頬に滴り落ちた。足元も滑りやすいぬかるみになっており、ともすれば足を取られてしまいそうになる。夏の陽射しは強かった。
「待ってよ、秋人。すぐ基地へ戻るの?」
僕は目を伏せた。
「当然だろ。おまえを連れ戻さないと。心配するな。途中までは僕も着いていくよ」
「途中までしか来てくれないの?」
「ああ」
頼りなげな繊細さと、どうやら金満家の一人娘らしい傲岸さを持ち合わせた円城真白。長い睫毛と背中まで伸びた黒髪の美少女は、少し残念そうに告げる。
僕は彼女を一瞥し、唇を引き結んだ。この少女の軽口はいつものことだった。僕のことが好きだと言ってはばからない彼女。
だが、それを真に受けて馬鹿を見るのは、御免だった。
★
僕が生まれた町には土着の信仰がある。
それは死者が別の生き物となり、額に雪の結晶の印を戴いて蘇るというものだった。蘇った死者は神の使いとなるのだが、彼らは生者を屠り、ともに黄泉の国に連れていってしまうという。
今から九年前、その信仰にそっくりの出来事が起きてしまった。
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