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抗体ができた者は、それぞれに体内組織のどこかが発達するようだ。僕は脚力が上がったし、真白は視力が5・0という驚異的な数値になったらしい。圧倒的少数である抗体保持者である僕らが、ウイルス保持者と対等に戦えているのは、その為なのである。
「君は前線にいなくていい。後方から見つけて、僕に無線で連絡してくれればいいから」
「邪魔はしないわ」
「してるつもりがなくても、邪魔になってるから」
「冷たいっ」
「僕なりの親切だよ」
僕は真白の頭に手を置いて言い聞かせようとした。しかし真白は膨れるばかりだ。
たぶん僕は真白の頭に手を置くことを心地いいと思っている。よく手を置きたくなるから、きっと、そうなのだろう。ラスト・パンデミックで家族を失った僕にとって、それは懐かしいような、あるいは慈しみたくなるような、とても貴重な時間だった。
そもそも七日前、僕らが軍の総司令部から命じられたのは、秋津島列島に点在する『S』たちの砦の一つを奪うことだった。
交通の要衝である東海地区相模に広がる熱帯雨林に位置する、難攻不落の巨大な砦……。つまり、僕らがいる場所の近くにある、石造りの砦がそこなのだ。そして初回攻撃時にしんがりを務めた中隊長が、『S』によって砦内の集落に連行されてしまった。
暫く僕が歩を進めたところで、堅固な砦が視界に入った。
日は高く昇っていた。気温は上がるばかりで空気が蒸れている。木の根を踏みわけて森の奥を歩いていた時だった。
「秋人! 取り囲まれてる!」
ふいに真白が叫んだ。僕は銃を構えたまま彼女を背中に隠し、ゆっくり移動した。
「秋人。あたしのことを置いていっていいわ!」
「そんな事、できるわけないだろ!」
「大丈夫よ。『彼ら』が近づけば見えるから。あたしの目なら見えるわ」
真白は得意げに大きな瞳を僕に向けてくる。僕は苦笑した。
「勇ましいけど、連中が背後から来たら、いくら真白の視力が5.0あっても見つけられないよ。馬鹿なこと言うなって」
「だけど・・・・・・」
困惑の色を瞳に湛えて口を閉ざし、真白は改めて言い募った。
「だけど秋人は、脚が速いから一人だったらすぐ逃げられるのに」
「一人で逃げちゃ、死んだ両親に怒鳴られるよ」
「女の子を置いては逃げられない?」
「相手が誰でもだよ」
そんなことを、してはいけないから。
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