第1章

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 抗体ができた者は、それぞれに体内組織のどこかが発達するようだ。僕は脚力が上がったし、真白は視力が5・0という驚異的な数値になったらしい。圧倒的少数である抗体保持者である僕らが、ウイルス保持者と対等に戦えているのは、その為なのである。 「君は前線にいなくていい。後方から見つけて、僕に無線で連絡してくれればいいから」 「邪魔はしないわ」 「してるつもりがなくても、邪魔になってるから」 「冷たいっ」 「僕なりの親切だよ」  僕は真白の頭に手を置いて言い聞かせようとした。しかし真白は膨れるばかりだ。  たぶん僕は真白の頭に手を置くことを心地いいと思っている。よく手を置きたくなるから、きっと、そうなのだろう。ラスト・パンデミックで家族を失った僕にとって、それは懐かしいような、あるいは慈しみたくなるような、とても貴重な時間だった。  そもそも七日前、僕らが軍の総司令部から命じられたのは、秋津島列島に点在する『S』たちの砦の一つを奪うことだった。  交通の要衝である東海地区相模に広がる熱帯雨林に位置する、難攻不落の巨大な砦……。つまり、僕らがいる場所の近くにある、石造りの砦がそこなのだ。そして初回攻撃時にしんがりを務めた中隊長が、『S』によって砦内の集落に連行されてしまった。  暫く僕が歩を進めたところで、堅固な砦が視界に入った。  日は高く昇っていた。気温は上がるばかりで空気が蒸れている。木の根を踏みわけて森の奥を歩いていた時だった。 「秋人! 取り囲まれてる!」  ふいに真白が叫んだ。僕は銃を構えたまま彼女を背中に隠し、ゆっくり移動した。 「秋人。あたしのことを置いていっていいわ!」 「そんな事、できるわけないだろ!」 「大丈夫よ。『彼ら』が近づけば見えるから。あたしの目なら見えるわ」  真白は得意げに大きな瞳を僕に向けてくる。僕は苦笑した。 「勇ましいけど、連中が背後から来たら、いくら真白の視力が5.0あっても見つけられないよ。馬鹿なこと言うなって」 「だけど・・・・・・」  困惑の色を瞳に湛えて口を閉ざし、真白は改めて言い募った。 「だけど秋人は、脚が速いから一人だったらすぐ逃げられるのに」 「一人で逃げちゃ、死んだ両親に怒鳴られるよ」 「女の子を置いては逃げられない?」 「相手が誰でもだよ」  そんなことを、してはいけないから。
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