第1話「転校初日」

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第1話「転校初日」

夏目彰人(なつめあきと)は明らかに動揺した。目の前の光景に、どう対処すればよいのか一瞬だけ戸惑ってしまった。それは数秒前――空から、人が降ってきたのだ。 八辻九重(やつじこのえ)は、正東学園に通う二年生だ。黒髪に、漆黒の瞳は真面目なイメージを持たれるが、彼自身今現在、授業をボイコットして正門前まで歩いている最中だ。もう今日はこのまま家に帰ってしまおう――そんな事を考えていた八辻だったが、ふと足を止めて、その光景に目を奪われてしまった。子猫が、桜の木の上から降りられなくなって心細そうに鳴いているではないか。八辻は、そのまま立ち去る事も出来たが、何故か気になって子猫を助けてやる事にした。鞄を桜の木の根元に置き、自身は木をよじ登る。子猫は相も変わらず不安げに鳴くばかりだ。八辻がゆっくりと子猫の体を包み込む。無事に救出出来て、木から飛び降りた瞬間――そこに、夏目が出くわしたのであった。 夏目は咄嗟の事に驚き、身動きが取れなかった。それは、自分自身の鍛錬の足りなさを露見させる事になる。夏目は、ただその事実を受け入れるしかなかった。もっと精進しなければ、そう心の中で強く思った。 八辻はそんな夏目の思いも知らずに、鞄を持ち上げて、子猫を地面へと下ろしてやる。子猫は、ナーと小さく鳴いて、何故か夏目の足元へすり寄った。 子猫と同じ、栗色の髪の毛を揺らしながら夏目は一度だけ、子猫を撫でてやる。それで満足したのか、子猫は走り去っていった。 ブレザーの校章を確かめてから夏目は八辻に声を掛けた。
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