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遮るもののない広い空間の中央には、四角く切り取られた青い芝が横たわる。その周りをぐるりと囲む赤茶色のトラックの上に、白く歪みのない美しい曲線が等間隔に描かれている。雲一つない突き抜けるような青空の下で、色とりどりのユニフォームが躍動する。
夏のインターハイ。目の前で走高跳の決勝戦が行われていた。
慌ただしく行き来するスタッフの傍らで一人、東 湊介は長い手足を揺らめかせ身体を解しているようだ。
「決勝に残るなんて、凄いですね……」
「そうね。うちの生徒が決勝に行くのは初めてじゃないかしら?」
束ねられた短めの髪が、喋るたびに小さく跳ねる動きはうさぎの尻尾のようだ。小柄な身体に力をみなぎらせ、降り注ぐ太陽の光に負けないほどの熱量を発している。普段から今と変わらない温度で生徒と相対する彼女は、ミヤちゃん、の愛称でこの男子高でもなんだかんだ慕われている。俺にとっては数学教師の先輩、一言付け加えるなら、少々小うるさい姉のような存在だ。今は少し目立つようになったお腹に障らないように、多少は加減をしているようだが。
「午前中の予選では少しひやひやしたけれど、さっきよりも表情が落ち着いているわね……あ、始まるわ」
その言葉が向けられた先に視線を戻す。
白い旗が振り降ろされた。開始の合図であるはずだが、東は動こうとしない。静かに、目の前のバーを見据えている。軽く足踏みを繰り返し、再び視線を上げた。
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