1. 駆ける

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1. 駆ける

 彼はそこに立っていた。まるで時を越えてきたかのように。  ぼうっと佇む人々の間には、一日を終えた疲労感が薄い煙のように漂っている。その光景は乾いた風にさらされた枯木が静かに立ち並ぶ様子に似ていた。行き交う車は少なく、街灯の小さな明かりが人々の吐き出した白い息を浮かび上がらせる。  彼はそこに立っていた。通りの向こう側で、寒さに身を縮めながら。  彩度の落ちた世界の中で、彼の頬だけが鮮やかに色づいていた。重ねられた布の下に隠された、無駄なく引き締められた身体に血液が迸るのを想像する。汗に光る日に焼けた肌、立ち上る蒸気、空を泳ぐようにしなる脚……今でも、鮮明に思い出すことができる。六年も前のことだ。  無意識に手が宙に浮かぶ。手を伸ばしても近づくことのできない距離は、あの時から変わらない。それでも、今ならば――凍てつく風を言い訳にしたならば、その頬に、君に、触れることは許されるのだろうか。  信号の赤は変わらない。俺たちの間を流れる時は、止まったままだ。
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