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華々しい職を掴んだ加奈子と今の自分を比べてしまい、自嘲めいて投げ返した。構うもんか、どうせ。…
すると今度は着信だ。
何年ぶりかの加奈子の生の声を聞き逃さないよう息を止め、耳にスマホをぴったり当ててみる。
「やっぱり一度きちんと検査受けた方がいいわ。こっちで予約とっとこうか?」
すごく期待したにも関わらず、俺の聞こえ方に変化はなかった。
やっぱりな。起伏のない一本調子。世界から声の色を失くして以来、何かに期待しては気落ちして。
「嘘だよ。何も困ってない。時間空いたから暇つぶし。」
「遠慮してる?」
「俺が加奈子に遠慮するか。」
加奈子はフーーーっと長い息を吐く。
「お昼一緒に食べよ。時間と場所を指定してくれたら合わせるわ。」
「休みの日にそんな面倒引き受けんな。」
「役に立ちたいのよ。」
誰かの役に立ちたいという加奈子がひどく純粋に思えた。高校時代に付き合っていた加奈子とは、喧嘩別れをしたわけじゃない。
俺は大学入試の当日、運悪く事故で入院した。
退院したあと、頭をぶつけたからだろうか、世界がガラリと変わった気がした。話し声から感情が聞き取れていないと気づいたのはその後だ。
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