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「カウンセリングだなんて言って。実際臨床でやらないわ。それにまだまだ一人前じゃないんだからね。」
「言ってみたかったんだよ。」
「そういう時にこそ本音が出るんじゃない?」
精神科研修医の加奈子だが、偉ぶるどころか幼顔に白い歯を見せて話しかけてくれる。そうそう、ちょっとエクボができるんだったな。高校時代はこの笑顔に俺も同調して笑っていたはずなんだが。今は加奈子の声すらモノトーンだ。片隅の灰皿が目に入った俺は、加奈子の真ん前にトンと置いた。
「意地悪ね。良くんの前で吸わないわよ。」
「なんで。」
「変わったなって思われたくないもの。」
「なんで。」
「もう。質問責めされるお母さん役なんていや。相談ならいつでも乗るのよ?」
「加奈子は高校の時から変わってないよ。変わったのは、俺。仕事も変えようかって悩み中。」
「そう。順調じゃなかったんだ。」
「ちぐはぐって意味ではな。困ってるわけじゃない。ただ、」
「ん?」
「誰の声を聞いても同じって、前も言ったの覚えてるか。」
「うん。」
見舞いに来てくれていた加奈子のことを「お母さん」と呼んでしまった。ふと目を開けて間違いに気づき、加奈子の声が母親と同じに聞こえたと散々言い訳して、余計に怒らせた。でも嘘じゃなかったんだ。誰の声も同じように歪んで圧縮されて…
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