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歴代の皇帝や后妃の棺の並ぶ廟堂。
豪奢に正装した妃の肖像画を掲げた真新しい翡翠造りの棺を前にした皇帝は独り呟いた。
「この絵のそなたは立派だ」
肖像画の定石として表情を持たない面影に苦い声で付け加える。
「しかし、わしの知るそなたの顔をしておらぬ」
「失礼します」
廟堂に低く重いが不思議と通る女の声が響いた。
若き皇帝は一抹の疎ましさを滲ませた面持ちで振り向く。
長身に喪服を纏った、釣り気味の大きな目をした、むしろ男にしたいような端厳な姿をした女がやはり喪装をした女たちを従えて入ってくるところであった。
皇后を始めとする主だった后妃とその侍女たちである。
北方、西域、南方など異国から嫁いだ者も含めて、花や宝玉にも比すべき佳人が揃って並んだ。
棺の中の人より一般には艶麗ですらある女たちを皇帝は、しかし、徒花でも眺めるような空しい面持ちで見やる。
「關貴人は一命を擲って皇上をお守りしました」
二十二歳の皇帝より一つ下の皇后は一様に喪服を纏って居並ぶ妃とその侍女たちの先頭に立って語り出した。
「父の關大将軍の名に恥じない最期です」
大将軍の名を耳にした皇帝の目がいっそう虚ろになる。
「年こそ上でしたが、私に対しても驕らず礼を尽くしてくれました」
皇后は飽くまで穏やかな面持ちと語調で述べたが、後ろに並ぶ妃たちの間には緊張が走った。
「本当に惜しい人を亡くしました」
傍で目にする者には息苦しさを感じさせるほど端然たる面差しの皇后は吊り気味の双眸にどこか冷やかな光を宿して続ける。
「私たちからも心よりお悔やみを申し上げます」
廟堂に暫し沈黙が流れた。
「そうか」
蒼ざめた面持ちの皇帝は密かに拳を震わせながら頷いた。
「六花も泉下で喜んでおろう」
喪装の女たちから目を背け、早足で廟堂を出て行く。
后妃たちはまるで彫像のようにその場に佇立していた。
皇帝の姿が廊下の奥に消えたところで、それまで黙していた碧い目の淑妃がふと祖国の言葉で低く呟く。
“常勝将軍、流れ矢に倒れたり”
背後に控えていた、その西域の言葉を解す宮女たちは表情を消した面持ちで淑妃の後ろ姿とその向こうに置かれた翡翠造りの棺を見詰めた。
いずれも突厥王女だった主君に従って故郷を離れ、燕京の宮殿に仕えることを余儀なくされた異族の女たちである。
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