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「寒い」
ビルの自動ドアから出てきた瞬間、瑞華は白い息を吐いて震え上がった。
「早く帰らなくちゃ」
駅に向かって足を速める女子学生のすぐ脇の車道をスーッと黒塗りの外車が走って来て停まる。
サイドウィンドウが緩やかに開いて楊社長の顔が現れた。
「君の家は五道口の近くだよね」
翳りのない笑顔で続ける。
「電車より車の方が早いから送るよ」
少しの間、沈黙が流れた。
「立派なお車ですね」
女子学生は称賛よりもどこか憐憫を滲ませた笑いを浮かべて続ける。
「お城みたいなビルを建てて、十六人担ぎの輿のような車に乗ってらっしゃる」
今しがた出てきた、雲をつくような高層ビルを見上げて語る女の声は寂しい。
「そうしなければ、自分も相手も守れないんだよ」
まだ青年と言っても良い社長はごく穏やかな、しかし何かを諦めた風な苦味を潜めた声で返した。
「とにかく私は今、君を安全に家まで送りたい」
今度は真正面から瑞華を見据えて告げる。
再び沈黙が流れた。
ふと二人の間を白い羽毛じみた欠片がひらひらと半ば漂うにようにして落ちてきた。
二人は同時に空を見上げた。
冬の夕空から真っ白な鳥の翼にも花びらにも似た雪の欠片がゆっくりと群れを成して舞い降りてくる。
男は白い息を吐きながら笑って呟いた。
「雪が羽根みたいだ」
(了)
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