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「無視かよ」優月の耳元に、今度はやけに甘い声が届く。
「やめろよっ」気持ち悪い、という言葉を口先ぎりぎりで飲み込んで、優月は美波の大きな手を力任せに振り払った。
「だってゆず何も返事してくれないんだもん。ねえねえ、あの超かっこいい人、去年も来たよね。同じ会社の人だっけ」
優月の態度にもお構いなしで、美波はどこか浮かれた様子で話をした。しめ縄のように頑丈で図太い神経をしているようで、何を言おうがどんな態度を取ろうが、まったく効かないのが厄介だった。
「まきちゃんって人も同じ会社の人? それとも新しい友達? 顔はまあまあだけど性格が良さそうじゃない? ……ねえゆず、何かしゃべってよ。寂しいじゃない」
「友達と来るってことはさ、忙しいとこ休み合わせてもらってんだよ。そういうの分からない?」優月が凄むが、
「何言ってんの。おじさんとおばさんは七月から二ヶ月以上休みないのよ? 何も言われないからって何もしないのはどうかと思うよ? 帰ってきたときくらい家の手伝いしなさいよ。大学行くのにあんなにたくさんお金出してもらったのに」と、美波はあっさりと退けた。
「何か反論したいなら、聞いてあげるけど?」
「……もういい」
美波をそこに残したまま、優月はひとり階段を駆け下りた。
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