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その時、優月の頭の上にぽん、と重みのある手が乗った。頭上に視線だけ向けると、落ち着いた声が振ってきた。
「『もぐらちゃん』に振り回されてるみたいで気に入らない?」
ちょうど出社したばかりの優月の同僚、神長廉だ。今朝も他社での会議に顔を出してからこちらに来ている。プロジェクトの掛け持ちを涼しい顔でこなす、エリート然とした男だ。
「俺ならついでに海潜るな」
そうこぼしながらデスクを回り込んで、神長は「おはようございます」と坂巻に向かってややかしこまった礼をしてから、隣にかけた。
「ライセンスなーい。それに海行くなら、神長とかまきちゃんと一緒に行くよ」
「『もぐらちゃん』って、もしかして優月くんの実家の隣に住んでる女の子? 美波さんだっけ」坂巻が訊いた。
「あー、まきちゃん知ってるんだよね。うちの民宿泊まりにきたとき、あいつバイトしに来てたもんね」約二ヶ月前、九月初旬に優月は神長と坂巻を連れて帰省している。
東京には東洋のハワイと呼ばれる場所があるが、静岡には東洋のコートダジュールがある。
遠浅の海が広がる海水浴場は、スノーケリングポイントとして有名で、夏にはビーチパラソルで海岸が埋め尽くされるほどの超満員になる。民宿を営む優月の実家『さざなみ』のあたりがそれだ。
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