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煉瓦造りの外装、木製のテーブルや革張りのソファ席、板張りの床など、どことなく昭和の香り漂うレトロな喫茶店といえば、聞こえはいい。けれど、主人である陽平にしてみれば、何の変哲もない、くたびれた感のある店である。入り口付近には雑誌や漫画が置かれ、店内にはいつもジャズが流れている。それは父親の趣味だった。陽平の代になっても、それは変わらなかった。変えようと思うほど、陽平にこだわりがなかったからだ。
今日は、彼は来ないのだろうか。
そう思って再び時計に目をやった矢先、カランと扉についたカウベルが鳴り、来客を告げた。
「いらっしゃいませ」
彼だった。
「お好きな席へどうぞ」
にこやかな笑みで迎え入れると、彼はいつものように、窓側の一番奥のソファ席に座った。注文をとりにいくと、これまたいつもと同じく「ブレンド一つ」と言った。
「ホットでよろしいですか?」
陽平が尋ねると、彼は頷いた。これも、この一か月、ほぼ毎日のように繰り返されている。最近では、このやりとりがないと落ち着かなくなっている陽平だった。
理由はもちろん、彼にある。四月の初めに来店して以来、平日の夜に彼は現れ、決まった席に座り、本を読みながらコーヒーを飲む。
常連客といってもいいだろう。名前は知らない。百八十はありそうな、陽平よりも高い身長、ほりの深い顔立ちに太い眉、通った鼻梁、くっきりとした二重のまぶた。夜でもネクタイを緩めることなく、上品にスーツを着こなしている。
年齢は二十代後半といったところだろう。落ち着きのある態度がより大人びて、真面目そうな青年である。
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