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自分より年下であろうサラリーマンを、陽平は気にかけるようになっていた。整った容貌をしているけれど、目を引くほどの美貌というわけではない。それに、男に見惚れる趣味はない。
気になる理由は、彼の表情にあった。本を読みながら、時折落ちてきた前髪をかき上げ、後ろに撫でつける。コーヒーをすすり、ふっと窓の外に視線を投げる。そこからは、植木越しに地下鉄の出入り口が見える。人が出てくるそのほんの数秒間、彼はわずかに眉を寄せ、何とも切ない表情を浮かべる。
それは何かの約束事のように、彼が来店するたびに見られる光景だった。
ブレンドコーヒーを彼の席に運び、伝票を置いていく。
「ごゆっくりどうぞ」
陽平が声をかけると、彼は軽く会釈し、読みかけの本に目を落とす。カウンターに戻った陽平は、ほかの客のコーヒーを淹れたり、帰る客の会計を済ませたりしながら、そっと彼を盗み見る。
一心に読むというより、惰性で文字を追っているような無表情。時々腕時計に目をやり、窓の外を見る。そして、ある瞬間になると、すぐに無表情は崩れ、何かを堪えるような顔になる。
その横顔を見るたび、陽平はうずうずとした気分になった。
一体彼は何を見ているのだろう。
何が彼をあんな寂しげな顔にさせるのだろう。
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