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「分からないって……」
しかし茜は、相変わらずの怪訝な表情で食い下がる。
「実をいうと、ほとんど覚えてないんだ。10年以上前のことは何も。弟のことは、昔お袋に事故で死んだとだけ聞かされてた。双子だったって」
手紙の最後に書かれた『from S』の文字だけを見つめ、瞬矢は言う。
「そう……、なんだ」
茜は俯きそう返すと、それ以上何かを訊くことはしなかった。
そう、確証はない。
だが、例えばだ。もしも仮に弟の刹那が生きているとして、彼がこの手紙の差出人『S』であると仮定すれば、全てにおいて辻褄が合う。
(しかし、なんなんだこの纏わりつくような薄ら寒い不安感は。何か大事なことを忘れているような……)
ずっと頭の片隅にこびりついて離れない、薄らと靄のかかった何か。瞬矢は、その一番曖昧な部分がずしり首をもたげてくるのを感じていた。
しばしの間、部屋を沈黙が支配する。聞こえるのは、パソコンの電子音と時計の秒針を刻む音ばかり。
そんな現状を打開したのは、茜の発した一言だった。
「そんなに気になるんだったら、行ってみればいいじゃない」
「――!?」
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