253人が本棚に入れています
本棚に追加
/62ページ
そいつはいい――感心と呆れが入り混ざった溜め息をつく。瞬矢自身、今までそのようなこと気にも留めず過ごしてきたのだ。
「でも、そんな簡単に上手くいくとは限ら……な……」
それは、突如生じた異変。
言い終える間もなく、キィンという甲高い耳鳴りがし、瞬矢の脳内神経を全く別なものが支配する。
視界にちらつくのは、先ほどの烏揚羽。
「――っ、くそ! なん、だ……」
次第に酷くなる耳鳴りに頭を抱えよろめく。
「……逃がさない」
「えっ?」
いつもと違う虚ろな様相で発せられた瞬矢の言葉に、思わず目を丸くして素っ頓狂な声を上げる茜。
「君たちが僕を……」そう独り言のように呟いた瞬矢は、1人ふらふらと歩きだす。
「ち……ちょっと!?」
だが、そんな茜の声すら耳に届かないといった様子で歩き続け、やがて遊歩道からほど近い桜の木の下でぴたりと足を止めた。
「ここだ」
瞼の奥で、暗がりの中冷たく笑みを浮かべる弟の顔が自身と重なる。
「どうして……?」
俯いたまま一言そう呟くと、悲しげに足元を見つめ続けていた。春の陽気を孕んだ心地よい風が、さぁ、と吹き抜ける。
最初のコメントを投稿しよう!