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それ以来私は仕事が休みの水曜日だけ、兄ちゃんのお店でお昼を食べた。彼は新メニューのモニターだからと言って、私からは一切のお金を受け取ってくれなかった。
遠慮しなければと思いながらも、彼に会いたいという気持ちには勝てずに、毎週毎週、お店に通った。
例のハヤシオムライスも、いまはもうお店の看板メニューのひとつ。そのうち、買い出しにも一緒に行くようになった。
日に日に増していく彼への思いに、私は自分を抑えることが難しくなってきていた。彼からプロポーズされたのは、そんなときだった。
「あの、実は私、息子がいるんです。十歳の」
私はこのときになって、はじめて罪悪感という言葉の意味を知った。健太に申し訳ないと思うのとは別に、隠し事をしたまま親しくなって。自分の気持ちを優先したあまりに、彼の気持ちまで踏みにじってしまう。
この人と親しくなる資格なんて私にはなかったのだ。
「知ってますよ。手を繋いで歩いているところ、夜に見かけますから」
ギュンと胸が鳴る。私は目を見張って、彼の方を見た。
定食屋はランチと夜にも営業していて、夜は健太と一緒に店の前を通ることもある。私はそういうときはなるべくお店の方を見ないようにしていた。でないと、ママとしての自制が効かなくなってしまいそうで。
それなのに彼は私を見つけてくれたのだと言う。
「ママとして強く生きてきた人だということは分かっています。でも今度は、僕に裕子さんを守らせてください。息子さんも一緒に。うちで三人で暮らしませんか?」
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