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鳥の子がなぜ同種の親に預けられるか。それは同種でなければ飛び方を教えられないからだ。―――確かに俺は父から飛翔を継いだ。けれどつねにまだまだだと首を横に振る師がなんの役に立つだろう? 俺は俺の飛行を台無しにした父を許せなかった。
「そうです、父様もそんな自分を諦めてしまいました。だからもう、なにを言っても反対にする兄様を咎めなかったでしょう。最後だって」
「文句を言われる筋合いなどそもそもない。だいたい最後がなんだと言うのだ」
「兄様が遺言通りにするなんて思いもせず……」
膝から崩れて泣き顔を覆う妻に、俺は手を差し伸べることもなく。
なんだって。
「どういうことだ?」
「兄様が本当に沢に向かうなんて誰も思わなかったのです! 山に、慣例通りに放ってくるって。それが川岸に葬って、増水の度に確認に飛ぶなんて、私も、母様も、父様も……!」
思いがけない言葉にたじろいだ。そうだ、なぜ俺は言われたままに沢に向かったのだろうか。川水を汚染する心配はしたくせに、鉄砲水に押し流される幻影がちらめいて雨の中羽ばたくのはなぜなのか。
俺は気づいてなかった。
「お前……」
「兄様は、気づいてなかった。わたしも母様も、黙っていました。だってそれこそが父様の望んだ未来だったのですから。ふたりで羽ばたいて、わたしや母様を地上に残して、木々を渡って声を掛け合うことを。その夢を叶えなかった兄様が、なぜ最後になって諾々と―――。
ずるいと、なんど思ったことか。けれど兄様は気づいてなかった。悔しかった。それならばなぜ父様が生きてるときに飛んでくれなかったの。なぜ今になって兄様ばかり父様を追えるの。ずるい。だけど父様を思うと言えなかった……わたしだって、でも」
今は行かないでと掠れ声で泣き崩れる妻を、呆然と見下ろした。
それは結局、言いつけに背くと思ったから残した言葉ではないか。
―――最後まで、俺達は。
泣く妻を、父の娘の震える背を、言葉もなく眺め続けた。
翌年、妻は身ごもり、男子を産んだ。観察ののち、カケスの元に預けた。次の年は嘴太鴉を。預け子を抱いて去る嘴太の背を見送りながら隣の妻の肩を引き寄せる。
「次はおんな子(ご)がいいな。鳥は手放すばかりだ」
「そうですね。でも山鳩の子を預かるかもしれません。わたしはどちらでも」
妻の柔らかな手がそっと俺の手に添えられた。
Fin.
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