旅行編 11 君のワガママ

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 まるで、二人っきりにしてあげようと遠慮してるみたいに、誰も廊下にいなくて、静かで、二人分のスリッパが立てるパタパタと呑気な音がよく響いていた。  どっちも無言で、どっちからともなく手を繋いで。何かしゃべったら声がひっくり返りそうなくらい、どっちも胸のところに期待をぎゅうぎゅうに詰め込んでるのが、なんかわかった。  無言だけど、うるさいくらいに心臓が騒いでた。 「日向」  今も、心臓がすごいよ。 「?」  布団の上に寝転がって俺を見上げる君の浴衣姿に、どうにかなっちゃいそう。 「どうですか? 俺の浴衣姿は」  少しズレた肩のとこから覗く華奢な肩すら、見たらいけない気がする。 「ご感想は?」  キスして、舐めて、湯上りのしっとりした肌に、齧りつきたいなんて思ってるって、バレてしまいそうで、真っ直ぐこっちを見上げる瞳が眩しい。 「あ……あの、伊都、浴衣、ダメだよ」 「……え?」 「カッコよすぎて、なんか、もう……ダメ」 「さっき、日向が見たいって言ったのに?」 「うん。ごめん、すごい、だって、想像してたよりカッコいい」  言いながら、日向のことを潰してしまわないようにってついた手に掴まって、ぎゅっと背中を丸めて顔を隠してしまう。 「ごめん、ワガママ、だね。着て欲しいって、言ったくせに」  そのくせ、ワガママを言ったことに不安を感じて、その手の隙間からこっちをチラッと伺うなんてことをする。  ダメなのは日向のほうだ。ダメ、なんてさ。そんなのこっちのセリフだ。 「ワガママ嬉しいんだってば」 「ひゃっ! ぁっ、ン」  頬擦りして甘えるみたいに俺の手に擦り寄ったりする、そっちのほうがよっぽど、だから、曝け出されたうなじに、首筋に、やんわりと唇で触れて離れる。痕が残らないように気をつけて、まだキスしたい衝動を必死に抑えながら。 「ン、伊都、そ、そしたら、もういっこ、言っても、いい?」 「うん」 「あと、これも欲しい」 「?」  まだ隠れるように丸まったまま、ちらりとこっちを覗き込んで、何か言いたそうに唇を開いた。 「キスマーク、つけて」 「……」 「欲しい」
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