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公園の脇を通ったところで、トモさんが「トイレに行って来る」と言って日向とスイッチ。カツラでも夜道ならわからないだろうし、シンプルな形で裾の長めなワンピースなら、中にズボンを履いてても気が付かれることはない。リレーの選手がたすきを手渡して交代するみたいに、バトンタッチができる。
だから、お風呂には一緒に入らなかった。その時に彼女と細かい打ち合わせをするから。そして、風呂上りの俺にトモさんが待ってるって、誘い出して、日向は日向で外で待機。
「もぉ、日向」
「ごめん」
「あのね、夜のこんな人のいなさそうな場所にいたらダメじゃん」
「ご、ごめんっ」
泣き止んだ君はもう悲しそうでも苦しそうでもなかった。トモさんは邪魔しないようにって、そのまま帰ったらしい。自転車で颯爽と、手をブンブン振りながら。
――心配なんて無用だと思う! けど、それでも、不安になったりするんだよね。私の場合、その不安がそのまま現実になっちゃったけど。
誰だって、不安はある。自分の好きな子が誰かと話してるだけで、チクリとする気持ちとか。ざわつく胸とか。
――でも、伊都君は大丈夫だよ!
それは男女とか同性とか関係のない、誰でも恋をしたら持ってしまうチクチク。
「あと、びっくりした」
「はい……」
俺にも、君にも、あるチクチク。
「それに、こんなことしなくたって。日向のことをどう思ってるかなんて、いつだって」
「聞いてみたかったんだ。その、俺へ、じゃなくてさ。だって、俺には面と向かってだから、やっぱり言いにくいこと」
「日向に言ってることはお世辞でもないし、日向にだけ言ってるわけじゃないよ」
言葉を遮るように話した。
君が大事なこと、君が好きなこと、玲緒だろうと、お父さんだろうと、睦月だろうと、誰にでも「日向は大事な人」って伝えてる。変わることはないんだ。君に気を使って告白なんてしたことない。俺はけっこうそういうのワガママなほうだと思うよ。
「けど、よかった」
「……伊都?」
我慢してるのかな? わかっててくれてるから、平気なのかな? って、俺は俺で少しもどかしかったから。
きょとんとしている日向の顔がポツンポツンと立っている街灯にちょうど照らされた。
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