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「……医者」
ぶっきらぼうにそういうと、彼女は目を丸くした。
「中々鬼門だねぇ。どうして?」
どうして、とは、おそらく理由を聞いているのだろうが、俺は頬を掻いて、またもやぶっきらぼうに言う。
「怪我とかそういうの。嫌いなんだよ」
俺はまだ中学生だ。まだ自分が中心で、どこかのヒーローみたいになれると思っている時期だ。
だが、具体的な未来のことはなく、目指しているものは漠然としかしらない。
そんな中でも、俺が選んでいたのは医者。
相当勉強しなきゃいけないだろう。ただ、
「勉強嫌いなのに?」
そう言われて、自分でも無理だろうなと思った。
俺が、何も言わずにそっぽを向くと、彼女は吹き出して、鈴のような声で笑った。
「ぷっあっはははは!」
俺は少し気まずいというか、気恥ずかしい感じになって、夕暮れに煌く海に視線を移した。
「ごめんごめん! 笑ったのは謝るよぅ!」
すると、俺が拗ねたと思ったのか、俺の前にきて俺の表情を見ながらあたふたしていた。
その表情と行動が少しおかしくて、
「くっ、くっふふふふ」
こらえていた笑いが、少しずつ外へ漏れ出て行った。
「な、なんで笑うのよぉ!」
「だ、だって、くっふふふ、はっはははは」
「もー。ぷっふふふ、あっははははは」
二人して、何がおかしいのか分からなくなってきて、大声で笑っていた。
防波堤の真ん中で二人で立ち止まり、腹を抱えて笑う。
ひとしきり笑った後、夕日が沈みきろうとしていた。
彼女は、そんな空模様を見ていた。
「あ、もうこんな時間」
そういうと、またこちらの言葉に耳を貸すこともなく「またね」と言って走り去っていった。
俺は、夕暮れを越えた肌寒い夜の中、笑い声の残響を耳に残して、一人帰る。
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