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遠ざかる意識の中でさくらが思い浮かべていたのは、この小さな鍵だった。
生まれて初めて、心から欲しいと思ったものだった。
自分の人生がそれほどに幸せだったなんて、本当はこれっぽっちも思ってはいなかった。
「現状に満足してる」なんて心の底で渦巻く、言いようの無いこの世への憎悪をひた隠して、自分の哀れさから目をそらす為に自らにかけ続けた暗示に他ならない。
本当は何よりも人並みに愛され、人並みに大事にしてもらえる幸せを渇望していた。
いや、もう嘘は付かない。
誰よりも自分を愛してくれる誰かを、求めていた。
愛してもらうなら誰でもなく、鷹宮がいい。
「なぁさくら。オレたちはお互いの全ては知らないけれど、オレは知りたいと思うんだ。ゆっくりで良い。オレはお前と家族になりたい。」
家族。
それはさくらが何よりも欲しいと渇望していたものだった。
「……ありがとう、ありがとう鷹宮さん。好きだよ、大好き。」
男の優しさに溶かされて、凍りついた青年の願望が露わになった。
求めていた幸せを、きっと貴方ならば与えてくれる。
今この瞬間死ねたならきっと何よりも幸せだろう、そう考えた事にさくらは苦笑する。
きっとこの衝動はまだ止めることはできないだろうけれど、今は愛しい男と一緒に幸せになる努力をしたいと願いながら、さくらは愛しい人の腕に抱かれ、嫋やかに微笑んだ。
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