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1月の寒い夜のこと、沢井和樹は、こたつの上でパソコンをカタカタと打っていた。職業はシナリオライターである。
しめきりが近いのに構想が練られずにイライラしていた。
「あー、間に合わない、ちくしょう!」
お腹がぐっと鳴った。夜中の2時である。
「腹減ったなあ! コンビニで何か買って来よう」
和樹は、コンビニで夜食を買い、近くの公園のベンチで温かいお茶とおにぎりを食べていた。その時、女性の声が聞こえてきた。近づいてみると若い女性が台本を持って演技の練習をしていた。何か視線を感じたのか、演技を止めた。
「続けて! 君は舞台女優さん?」
「はい、小さな劇団ですが、今度の舞台で主役やります」
「どこの劇団?講演はいつ?」
「神田劇団で大成劇場で1月末からです」
「観に行きます。これは私からの差し入れです。寒いから風邪引かないでください」
和樹は、コンビニ袋から缶コーヒーを女性に差し出した。
「ありがとうごさいます! 貴方のお名前は?」
「私?近所の住民です」
和樹は、その場を立ち去った。帰った後で、早速、文章を打ち込んだ。
数日後、マネージャーに原稿を渡した。マネージャーは、文章を読んで和樹に感想を話した。
「良い作品に仕上がりましたね、これはドラマ用ですか?」
「いや、舞台用だよ、ある新人女優に演じて貰いたくてね、頼むよ」
「ある新人女優?」
1月末、和樹は、劇場に足を運んだ。観客席に座ってパンフレットを眺めた。あの女優の名前は笹木美咲という。意外にファンが多いらしく席は満員だった。
開演時間になり、開幕すると、そこにはスポットライトを浴びた美咲が立っていた。和樹は、彼女の何か引き付ける魅力に夢中になってみていた。あの夜の練習の時より一段と演技が良くなっていた。幕が降ろされた時、和樹は、立ち上がって拍手をした。カーテンコールで再びキャストが登場した時、美咲は、和樹に深々とお辞儀をした。
終了後に楽屋を訪れた和樹は、美咲に花束と台本を渡した。
「この台本は?」
「私は脚本家なんです。あなたのために作りました。ぜひ、あなたに演じてほしいんです」
美咲は、感激して涙がこぼれた。
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