冬がくると君を思い出すよ

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 キタムラエイジの子どもの頃の思い出には、いつもエリーがいた。  エリーは猫だ。  本当の名前はエリーゼというのだが、そう呼んでいるのは名付けたおじいちゃんだけだ。  もうすぐ二年生になるエイジは、今日も学校から帰るなり、こたつにもぐりこんだ。  ぶあついこたつ蒲団のなかで、小学校の制服から部屋着に着替えるためだ。  部屋のなかだって、真冬の空気はひやっこい。  あたたかいそこには、今日も先客がいた。 「おかえりなさい、エイジ。手は洗ったの?」 「洗ったよ!」  まるでお母さんのような物言いのエリーに、エイジはムッとして叫んだ。  エリーが濃い緑色の目を細めるのがわかったけれど、なにを思ったのかはわからない。  エイジの返事に怒ったのかもしれないし、お兄ちゃんのようにクソガキめと笑ったのかも。 「………ただいま、エリー」  エリーが怒っていたらイヤだなと、ほんのちょっぴり思ったエイジは、おずおずと言った。  エリーが、にゃあとまるで猫みたいな声をだしたから、エイジは笑った。  この家でエリーと話せるのはエイジだけだ。  エイジが生まれる前、お兄ちゃんがエイジくらいの年の頃は話せたらしいが、高校生になった今じゃエリーがなにを言っているかわからなくなったんだそうだ。  だからなのか、お兄ちゃんだけはエイジがエリーとおしゃべりしていても、ちゃんと信じてくれた。 「にゃにゃ、にゃあ」  エイジの猫語はデタラメで、 「みゃーう」  たぶん、エリーの猫語も意味なんてなかった。  オレンジ色のやわらかな世界はちょっと暑くて、でも、エイジもエリーもお母さんから叱られるまでこたつから出る事はなかった。  これが僕、キタムラエイジの子どもの頃の日常。  祖父を追うようにエリーはいなくなったけれど、エリーの言葉は今でも覚えている。 「ねえ、エイジ。大人になりたいなら、いくら寒くても、ずっとこたつのなかにいちゃあダメよ。あなたは猫じゃないんだから」  
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